幸せの定義って人によって違うのになぜ語りたくなるのか

それ、すごく面白い問いですね。
「幸せ」は人によって違うのに、なぜ私たちはそれを語りたくなるのか――そこには人間らしさの核心がある気がします。

目次

🌱 幸せを語りたくなる理由

1. 自分の価値観を確認したいから

幸せの話をするとき、私たちは「自分にとって何が大切か」を言葉にしています。
それは、他人に伝えるというより、自分自身に問いかけている行為でもあるんです。

「私はこういうときに幸せを感じる」
→ =「私はこういう人生を大事にしたい」

2. 共感を求める本能

人は「わかってほしい」生き物。
幸せの話をすることで、「あなたもそう思う?」と心の距離を縮めようとするんです。
たとえ定義が違っても、「ああ、そういう幸せもあるんだ」と知ること自体が、心の栄養になる。

3. 幸せは“比較”より“共有”で深まるから

不思議なことに、幸せって「誰かと分かち合う」と増えるんですよね。
だからこそ、語りたくなる。
「この景色きれいだね」「この瞬間、最高だね」って言葉にすることで、幸せが“確かになる”。

4. 不安や迷いの裏返しでもある

逆説的だけど、「幸せって何だろう?」と語りたくなるのは、
今の自分がそれを探しているからかもしれません。
語ることで、輪郭をつかもうとしているんです。

🪞 幸せを語ることは、自分を映すこと

幸せの定義は人それぞれ。
でも語ることで、自分の輪郭が見えてくるし、他人の世界も垣間見える。
それって、ちょっとした“心の旅”みたいなものかもしれません。


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